3月になりました。
ロゼット状態(縮こまりぺったりと地に這って寒さから身を守る植物の知恵)から抜け出た雑草たちがぽこぽこと顔を上げ始め、
庭は賑わいを見せています。
啓蟄を過ぎると、冬ごもりをしていた虫たちが地上に出て、
植え込みのあちらこちらをもやもやと徘徊して、
ター坊とススの“庭で何かをじっと見る時間”が長くなりました。
とはいえター坊、
元気がないわけではないのですが、決して“快調”ではないようなのです。
一時は普通に戻った両目の瞬膜が、
また目頭から2分の1ほどまで上がったままになりました。
目の半分まで白いびろびろした膜が張っているのです。
不気味な顔になっています。
ターの名誉のため、その写真掲載は控えますが、
もしもその原因が風邪であれば、
ススに感染してはそれこそ大変なのでさっそく病院へ連れて行きました。
過保護な気もしますが、
白血病キャリアのススがいる以上仕方のないことです。
ドクターの診断はやはり“ストレスから来る体調不良”。
去年と同じです。
ススが家に入って半年も過ぎているから、
もう2匹同居でも大丈夫と思っていたけれど、
そうじゃなかったようなのです。
孤高を貫きたい彼としては、
人知れずつらい思いをしているらしい。
相手がどんなにいい性格でもだめなのか。
庭で一日中過ごすのは外を愛するあまりなのかと思っていましたが、
ただ単に家に帰るのが嫌なのかも、
と考えると、胸が痛くなりました。
病院からは安定剤と栄養剤をもらって帰宅。
すると何も知らないススは
「にいちゃん、どうだった?」とすぐに寄ってくる。
猫カゴから出たターはススにシャーッをしてガラス戸まで走り、
開けろ開けろと戸をひっかく。
病人だからダメだと言っても聞きやしない。
で、開けると脱兎の如く外へ飛び出し、
その日も夜まで帰りませんでした。
そしてその夜からスプレー行為が始まったのです。
顔を洗い寝ようとしたら、むむっ?
部屋の奥のどこからか異様な匂い流れてくる。
猫のマーキングのような野獣の匂い。
猫トイレは掃除したばかりで清潔そのものです。
ターはときどき人間トイレでも用を足し、
その際まわりにオシッコを飛び散らかすこともあるので
人間トイレも見ましたが異常はない。
ターは天袋に駆け上って寝に行ったし、
ススはだいぶ前から籐椅子の上で熟睡している。
では、この匂いはいったい何?!
いったいどこから匂ってくるの? と、
部屋中クンクン嗅ぎ回ったら、
なんと、
仕事部屋の大事な大事な書類の山が猛烈に匂うではありませんか!
鼻がひん曲がるほどに臭いのです!
よ〜く見たら書類の山にはべっとりと茶色い液体が振りかかっている。
そこからバジルの腐ったような強烈な匂いがする!
もう間違いない、猫スプレーです!
うわわわわわ〜、と腰が抜けそうになりました。
匂いのすごさもあるけれど、
なんでここにしなきゃならんのか、
どうしてわざわざここなのか。
むろん犯人はターなのです。
彼以外にこんな屈折した行為が取れるはずもありません。
あてつけなのです。
私への見せしめなのです。
ススを入れ、(ときに自分より大切そうに)可愛がっていることへの。
その件に関しては私も申しわけなく思っていますが、
しかしですよ、
見せしめのそのやりくちのあまりの巧妙さに唖然となってしまうのです。
だいだい猫の分際で、
それが飼い主にとって今いちばんの重要書類とどうして判るのでしょうかッ!
これにシッコするといちばんこたえるぞ、なんて判るのでしょうかッ!
天袋に上れない私は下から「ばかやろ〜」と罵るだけでした。
このスプレー攻撃はその後も続いて、
対象は本や服やカーテンにまで広がりました。
しかもわざわざ「むぉう、むぉう」(このときは変な声になる)と
その現場まで呼びつけて、
私が「何? えっ?! またかッ、止めろ!」と叫ぶまで
役者のように間を取って、
こっちの顔をじじっと見つめながらおもむろに尻尾をじりじり上げてゆき
それをぶりぶり揺らせながら、
ピュピュピュピュ、ピューッと、
くっせえ液体を振りかけ回すのです。
まあ、バジルの匂いと思えばいいわけですけど、
何度も続くとこちらもいい加減頭に来るし、
部屋中クンクンクンと嗅ぎまわってあと拭きする必要もあり、
すっかり腰を痛めました。
タ—のスプレー消臭にやっきになっていたこのあたりから、
猫トイレに下痢気味のウンチが登場するようになりました。
不安が首をもたげてきます。
たぶんススのものだと思うので。
けれどススはあいかわらずのマイペースで、
ゆったりした時間を過ごしている。
冬眠から目覚め徘徊し始めたトカゲやシマヘビを追いかけて、
昼時いっぱい庭にいます。
特に雨どい下のヘビ出入口を見張って過ごすのが気に入っている様子。
ここの敷地には2匹の大きなシマヘビが棲んでいるのです。
雨どい下から土の中へ続く土管の奥が定宿のようです。
越してきてすぐに管理人のオジサマから
「あれらはここの守り神だからいじめちゃいかん」と言われました。
もちろんこちらにもいじめる気なぞ毛頭ないので、
外庭で2度ほどすれ違ったときは脅かさないよう気を遣いました。
しかし猫はそうはいかない。
遠くまで出かけているターは知らないようですが、
いつも庭を見回しているススはすぐに見つけてしまいます。
にょろにゅろ這っていたら追いかける。
ヘビはあわてて雨樋下の穴に逃げ込む。
ススは穴の周りにじっと座り込み。
この粘り強い狩猟体勢はお昼過ぎまで続きます。
ある日テラスの椅子に座って本を読んでいたら、
外庭をススが歩いているのが見えました。
ところがその足取りがどうもおかしいのです。
四肢が妙に外へ広がり、のたのたのたと歩いてくる。
そして心臓が縮み上がったのは、
四肢の真ん中、つまり胸から腹にかけてが赤い!
肉色の何かが見えるのです!
そして口もだらっと開いて赤い何かが垂れ下がっている。
轢かれた! と思いました。
頭の中が真っ赤になりましたが、
脅かしてはいけないので、
取りあえずジッと見守りました。
のたのたのた、のたのたのた、と歩いてススは裏木戸を潜ります。
のたのたのた、のたのたのた、とふらふらしながら私の方へ近づいてきます。
そしてテラス前まできて、
ドサッと口から赤い何かを落としました。
それは大きな鮭の半身でした。
気が抜けて私もドサッと椅子に座り込みました。
脅かすなよ〜。
子供たちに獲物を運んできたライオンかチーターの母親のように、
鮭を私の前に置いたススはやれやれという感じで身繕いを始めました。
きれいな身体に鮭の匂いがついて気になるのでしょう、
お腹のあたりは特に万遍なく舐めています。
内気なススがこういう大胆な盗みをやろうとは思いもしなんだ。(笑)
いったいどこからいただいて来たのだろうと想像は膨らみます。
前にいた白猫メエもたびたびオデンのちくわを咥えてきました。
あるときなどは串に刺さったゴボ天みたいなもの持参でご帰還。
が、猫の頭一匹分しか開いていない窓の隙間から入るのに
串がどうしても邪魔をして、苦労していたようでした。
どこから貰うのか盗むのか、しばらく判りませんでしたが、
ある夜、駅そばに出ているオデン屋台の前を通ったら、
すぐ裏に白い猫がお行儀良く正座しているのが見えたのです。
周りが暗いから白さが目を引き、
よく見れば何とウチので、
はは〜ん、と謎が解けたのでした。
ここからいただいていたわけか。
顔見知りっていうわけか。
やはり猫って深いですねえ。
5月に入るとススの軟便が目立つようになりました。
口内炎も再発しているようで不安です。
病院に連れて行っても
治す手立てはないのでこのまま見守るしかありません。
栄養価の高い食事に変えましたが、
ススは普通の猫缶詰が好きで特別食には目もくれません。
ターのほうはと言えば、
あいかわらず、
外へ出ずっぱりの、家ではスプレー男を続けています。
問題あれこれ山積み状態の中、
後ろ髪を引かれながらも出張で京都行き。
以後はカモちゃんの猫留守日記です。
5月8日(土)
夜8時前に来て、2匹を中に入れるためテレビなど見て待ちの体勢。ときどき庭に向かって名前を呼ぶ。と、15分ほどでター、スス、並んでご帰宅。ススは最初室外機の上に座り、戸を開けた私をしばらくはヨシモトさんと思っていた様子。途中で気付くとおずおずという感じで逃げていった。しばらくすると近くまで来てじっくり私の顔を見て、不思議そうにしてました。なんとな〜く見覚えあるのでしょうか。ター、スス、お互い相手の餌と自分の餌を交互に食べて、とりあえず納得した様子。
5月9日(日)
朝8時半くらいに来ると、もうオバサマがいらしたらしく2匹は外でした。今日もお天気がいいようだから、2匹とも外でゆっくり遊べばいいよ、私はこれからフジオの散歩だ(ターの散歩を倣ってこの頃フジもヒモ付き散歩のレッスン)。夜8時過ぎに来るとオバサマがすでに取り込んでくれて2匹とも在宅。猫トイレに下痢気味ウンチ1個。
5月10日(月)
朝の9時半、出社前寄るとターもススも外だった。オバサマは早い。が、餌など用意していると2匹とも帰ってきてご飯を食べた。ススもやっと馴れてくれたか、けっこう食べた。良かったと思うが、やはり猫トイレに下痢ウンチがある。その後、ススは内、ターは外。
あれはたまたまお腹の調子が悪い日で、
また普通に戻ってくれるはず、と願いながら帰ってきたので、
カモちゃん日記には現実を突きつけられた気がしました。
毎日下痢かあ。
ススの白血病感染はとうとう発病に至ったようです。
治療法がないとはいえ一度先生に相談に行こうと思っていたら、
病院からお知らせが届きました。
健康上の理由でその肝心の先生が退職されるというのです。
ええっ、と落胆。
6月中は務められるということですが、心細い。
他の病院はどうだろう。
でも、また初めから検査・検査となるから、
転院って気が重いのです。
しかしのんびりはしていられないぞ。
ただの不安じゃなく、
これはもうはっきりしている不安ですから。
カモちゃんがインターネットで調べてくれました。
「タクシーで2メーターくらいのところに
アメリカ帰りの女医さんが開いた動物病院があるらしい。
アメリカの最先端動物医療が受けられるらしいから、
一回診てもらってはどうですか?」
ススをまた病院へ連れて行くのか、と思うと憂鬱です。
でも、庭を散歩しているスス、
じっと横になって目をつぶるスス、
を見ていると胸がざわざわしてきます。
確かに先だっての、
ヘビを追いかけていたときの精気は見受けられません。
で、決心しました。
一縷の望みを抱いて
アメリカ帰りの女医さんがいるという北品川の病院へ行こう、と。
5月末のことでした。
木陰によこたわるスス。その寝顔から穏やかさが消えた。